越谷暗渠探訪

越谷市内の暗渠を求めて彷徨い歩く

暗渠の源流?を探る④~谷古田用水

「しらこばと橋」から見て上流3つ目の水門。
場所はここ。
Googleマップでは干上がっているが、今の季節の「瓦曽根溜井」は満杯!


この水門は、今までのと異なり手動のようだ。

県道を渡ったところへ「谷古田用水」として続く。

いたずら書きされている建物と緑のフェンスの間に小径がある。

ここから、私のお気に入りの一つのエリア。

小径を少し吉川方向に歩いて階段を下る。

写真の奥が県道下で水門に通じている。

日本最古の煉瓦トンネル。
正式な名称は
「谷古田用水元圦煉瓦樋管」(やこたようすいもといりレンガひかん」
明治24年4月18日完成


デジタル大辞泉によると「圦」とは
《「圦樋(いりひ)」の略》土手の下に樋(とい)を埋め、水の出入りを調節する場所。水門。


さらに「樋管」とは
用水流入や内水排除のため堤防を貫通して設置される暗渠。樋門と樋管との区別については明確な区別はない。(「河川用語Weblio辞書」より)


実に美しい!



点検用なのか用水に降りる階段があるが、
フェンスに囲まれ進入禁止。

階段付近から下流を望む。
この先が広場になっている。


によれば
「明治から大正期にかけて、元荒川や古利根川の流域は煉瓦工場が多く
特に越谷は有数の煉瓦工場地帯」だったそうだ。
その理由としては
「河川による水運の便は製品の輸送だけでなく、燃料の搬入にも好都合であり、また周辺地域に分布する豊富な氾濫土が、煉瓦工場の立地に適していたのだと思われる」
というとだそうだ。

昔のこの一帯の写真と絵。
なんと茶屋もあった!

下流へ続く開口部。

お気に入りの場所ではあるのだが、道路より
かなり低い位置なので、地下にいるよう錯覚をおこす。


人間工学に基づいて設計された手摺を利用して「地上」へ。

「地上へ出る」とこんな感じ。この角度からは撮影出来ないので
Googleマップを借用。


この道標は1723年に建立。

橋を渡ると「西方小学校」方向へ。(南方向)


橋の脇には巨大な「遊水池」
幸い、まだこれが満杯になったことはない。

橋を潜って「谷古田用水」は下流へ。(南東方向)

下流を望む。
左手は公園で、さらに「葛西用水」

これは一体なんだろう。
ワインダーだろうが、ワイヤーの先は・・・。
気になるなあ。

産業道路へ一旦埋没。

「谷古田用水」の右隣が「谷古田緑道」
さらに、その左が「葛西用水」