越谷暗渠探訪

越谷市内の暗渠を求めて彷徨い歩く

暗渠の源流?を探る~第4の水門?

「しらこばと橋」から上流へ向って3つ目の水門を背にして、
岸辺の小径を歩く。

この小径の石垣は、ごく丁寧に作られていいぇ立派なものだ!
年中、蔦やその他の植物群に覆われていて、もったない!

鬱蒼とした中を進んでいくと

左側に水門の一部が現れる。今の時期は緑が多いものの
冬も全体像が現れることはないが、多分手動タイプ。
この状況から判断して、今は使われていないようだ。
それなので、「第4の水門」に「?」を付した。

岸辺はこんな感じ。

上に上がって県道側から眺める。

それで県道側の向こうが、どうなっているか。
ここも私の好きな場所。
写真が旨く撮れなかったのでGoogleマップを借用。
中央の白い道を「四ケ村用水緑道」という。
つまり上記水門(元と呼ぶべきか)は「四ケ村用水」の取水口に当たる。




上記HPによれば、
「~略~逆川で運ばれた用水は、元荒川を伏せ越し、
 瓦曽根溜井(かわらそね ためい)に送られる。
 かつて瓦曽根溜井からは、上流から順に四ヶ村用水、
 谷古田領用水、東京葛西用水、八条用水が
 取水していたが、現在は都市化によって水田自体が
 消滅しているので、農業用水を取水しているのは、
 実質的には八条用水のみだ。~」



緑道を進む前に、ちょっと気になるものが。
緑道入口の左手に電源ボックスが。
プレートを読むと「水中ポンプ」と書かれてある。
どこにあるのか、暫くウロチョロしてみたが見当たらない。

さらに緑道に進む前に緑道脇の道の途中にある暗渠へ。
黄色い車止めを右に入る(北西方向)。

20m程いくと行き止まり。
突き当りは人家なので、カメラ距離は
これが精一杯。

ここでやっと緑道の入口へ戻る。方角は南西。

入口の両サイドに少し盛土された箇所に
マンホールが存在。これと「水中ポンプ」との
関係があるのだろうか?

左手に石を並べて水路が作られているが、
水が流れているのを見たことはない。
しかし、この水路があることで、緑道を際立たせている。

この緑道は新緑はもちろんのこと、
秋から冬の落葉の時期も、なかなか趣きがある。


青々とした木々に囲まれた中を抜けると
左手は一気に視界が広がり晴天を背景に趣きある蔵が出現!


蔵を過ぎると、左手に広場がある。
その入り口に下のような看板。
「どんじゃら・ほい」とは以下のような活動団体。
いつも綺麗な状態を維持していただいているようだ。


見事な屋根の曲線美!見るたびに感心する。

木々の向こうは49号線。

緑道は、ここで終わり。
49号線を渡った向こうの一帯には
とぎれとぎれに暗渠、開渠が存在している。
過去、「四ケ村用水」と
どのように繋がっていたのか?







道草⑦~長い間、大きな勘違い!?

5月20日(日)のこと。
市役所前の「平和橋」を渡って半ばあたり、これが目に飛び込んできた。

画像はぼけているが「新平和橋」と書いてある!
「あれっ、この橋、「平和橋」ではなかったか?」
私は、慌てて市民会館方向に戻り、越谷駅方向の柱を確認。

やっぱり「平和橋」!
「そうか!そうだったのか!」
私は納得した。40年近く、この橋は1本と思い込んでいたが、
改めて眺めると2本である。
つまり葛西用水に架かっている橋が「平和橋」
そして一旦、土手を跨いで元荒川に架かっているのが
「新平和橋」という訳だ!


つまり、これが「平和橋」

そして、土手の向こうの白い柱からは「新平和橋」
恥ずかしい限り!

ところで、上の写真の右隅に写っているおじさんは、
有名な「凧揚げおじさん」
無断で撮影してしまった!
この時は、まだ来たばかりで風向きなどを確認中で、
私が、この周辺を徘徊している間、凧が上がることはなかった。



住宅街を這うように~登戸地区 その3

武蔵野線を跨ぐ115号線の「相生陸橋」の南にある3本目の暗渠。
「(株)小森安全器研究所」という各種プレス機械用安全囲い・安全装置の
メーカーの脇から西へ向かう。

これを西に向かう。
が、20m程で途切れる。

周辺をウロチョロして、南方向に幅80cmの蓋の暗渠発見。
緩く左へカーブしながら西へ延び、住宅街へ。

今度は急激に右へカーブ。

カーブとは言い難いが、なんとなく蛇行状態でさらに西へ。

道路を跨ぐと、やっと直線状態。

直線は、あまり長く続かず途切れる。

道路に佇むと右手に北へ向かう暗渠発見。

この暗渠も右へ左へ。

この辺りから真っすぐ北へ。

「岡本どうぶつ病院」脇で暗渠は完全にと途切れる。